「逆張り」の戦略が秀逸なビジネス&マーケティング事例

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世の中には「そうするのが当たり前」という暗黙の了解がいくつも存在します。特にビジネスの場では、業界の常識や慣例が一種のルールとして根付いていることが少なくありません。しかし、あえてその「ルールと真逆の選択をする」ことで新たな顧客や価値を掘り起こした企業があります。それはリスクを伴う試みですが、うまくはまれば大きなチャンスとなる。ここでは「ほめちぎる教習所」「ブラックフライデーを休業日にしたアウトドア店」「やる気ゼロでもOKなレシピ本」という3つの事例を通じて、逆張りの戦略がいかに力を発揮するのかを考えてみたいと思います。

逆張りとは?

「逆張り」とは、相場の流れに逆らって売買する投資手法です。相場が上昇しているときに売り、下落しているときに買うなど、相場の流れに逆らって売買します。

転じて、ビジネスにおいて多くの企業が当たり前と考える方向とは反対の手を打つ戦略を指します。たとえば、誰もが支持するやり方がある中で、あえて逆を行くことで、まだ見ぬ市場や潜在的なニーズを発掘し、独自のポジションを確立するのが狙いです。もちろんリスクは伴いますが、うまくはまれば大きな差別化につながり、新しい価値を生み出す可能性があります。

「ほめちぎる教習所」が切り拓いた新境地

自動車教習所といえば、厳しく叱られて運転技術を身に付ける場所というイメージが強いかもしれません。しかし、三重県にある南部自動車学校はその常識をひっくり返し、「ほめる」ことを徹底する指導スタイルに舵を切りました。たとえわずかな良い動きでもまずは肯定し、成功体験を積み重ねてもらう。その結果、少子化や車離れといった業界の逆風をものともせず、生徒数を一気に伸ばすことに成功したのです。

この学校では、叱るのは全体のごく一部にとどめ、それよりも「こういうところができている」「今の操作は良かった」など、着実に自信を育む声掛けを中心に据えています。すると、受講生たちは緊張感よりも安心感をもって学習できるようになり、運転技術がぐんぐん上達。卒業後の事故率が半分にまで減ったというデータも示すように、「ほめる」が生み出す力は大きなインパクトを持ちました。

教習所という場所は、どうしてもミスや失敗を指摘しがちです。しかし、あえて逆のアプローチを取ることで「学習者が意欲を失わず、ポジティブに運転を練習できる」環境を構築し、業界の斜陽ムードを打ち破ったわけです。

ブラックフライデーを“稼がない”選択に変える

アメリカでは、感謝祭翌日の金曜日が「ブラックフライデー」と呼ばれ、小売業界が一年でもっとも大きな売上を見込める日として大々的なセールが行われます。そんな“ドル箱”のような時期に、アウトドア用品店REIは全店舗を休業し、従業員たちを自然の中に送り出しました。ショッピングを推進するのではなく、アウトドア用品の企業らしく「今日は外に出て遊ぼう」と呼びかけたのです。

これは一見、とてつもなく逆張りな決断に思えます。小売業の主戦場と言えるタイミングに収益を放棄しているのですから、常識的には考えられない選択でしょう。しかし、アウトドア用品を扱うREIにとっては「自然を楽しむ」という企業理念を体現する、非常に意義深い行動となりました。

結果的に、この大胆さが人々の共感を呼び、SNSをはじめとするメディアで瞬く間に広がります。休日をわざわざショッピングに費やさず、外の世界でアクティブに過ごす価値を多くの人に再認識させたことで、ブランドの評価を高めるだけでなく、社会全体を巻き込む新たなムーブメントを生み出したのです。

やる気ゼロでも大丈夫――レシピ本の常識を覆す

世に出回っているレシピ本の多くは、「料理が好き」「もっと美味しく作りたい」という前提を持っています。包丁やフライパンを使ったり、調味料を計量したり、さらに「食感を良くするコツ」や「盛り付けのコツ」などが丁寧に解説されているのが普通でしょう。しかし、『やる気1%ごはん』というレシピ本は、その常識を根底から覆し、あえて「料理したくない」「面倒くさい」と思っている層をターゲットに据えました。

この本に登場するレシピは、とにかく簡単で、包丁や火を使わないものがほとんど。食材を耐熱容器に入れて電子レンジで加熱するだけ、コンビニの食材を混ぜるだけなど、「ここまでシンプルにしていいのか」と思うほど徹底しています。「マヨネーズ→マヨ」「電子レンジ加熱→レンチン●分」など、文章自体も最小限に抑える工夫も秀逸です。

「とにかく早く食事にたどり着きたい」人にとっては理想的な一冊。レシピ本を買う層といえば、ある程度料理へのモチベーションがある人が大半という従来の常識を真逆から攻めたことで、新たな市場を掘り起こし、大ヒットへとつながりました。

当たり前を疑い、新しい価値を見いだす

これら三つの事例は、いずれも「本来ならそうはしない」とされるところを敢えて選んでいる点が共通しています。命に関わる運転を厳しく教えないでよいのか、最大の商戦日に休業して売上は大丈夫なのか、レシピをそんなに簡略化して本として成り立つのか……という不安は当然ありますが、それでも「何か新しいこと」をしようとする意志が、逆張り戦略を支える原動力になります。

逆張りだからこそ、今まで顧みられなかったニーズや潜在的な欲求が表に引き出され、「それこそ待っていた」という顧客の心を強くつかむ場合があります。もちろん、いつでも誰にでも通用するわけではないでしょう。しかし、当たり前とされるやり方を一度疑い、正反対の選択肢を検討してみるだけで、思わぬ突破口が開けるかもしれません。

逆張りに成功した企業は、単に奇をてらっているわけではなく、「なぜそのやり方を選ぶのか」という理念やニーズをしっかりと見極めています。ほめられて伸びる喜び、自然を楽しむ価値、料理のめんどくささを省きたいという切実な本音。そこを丁寧にすくい上げているからこそ、一見リスキーに思える戦略でもしっかりと受け入れられるのです。ビジネスが飽和状態にあるときや、競合との差別化を図りたいときこそ、「正攻法を外してみる」勇気が、新たなチャンスと価値をもたらしてくれるのではないでしょうか。

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