イラン革命とイスラム共和制


6月18日、イランで大統領選が行われる。アメリカとの対立など、今後のイランの情勢は国際ニュースで必ず注目される。現体制が確立された1970年代の「イラン革命」のストーリーを知っておくと理解が深まるはずだ。

1979年のイラン革命以前、イランはパフラヴィー朝という王政下にあった。

国王のパフラヴィー2世はスイスで教育を受け、1941年にイギリスとロシアの強制で即位した人物。1953年、クーデターを起こし、民族主義的なモサデグ政権を倒して国政を掌握した。
クーデターの背景にはCIAの協力があったとされ、イランはこの後アメリカへの従属を深める。

1960年代、パフラヴィー2世は強権的に近代化を推進する「白色革命」を実行。土地改革、女性参政権、識字教育など、上からの西洋化プログラムが進められた。

しかし、地主や宗教指導たちはこれに反発。さらにオイルショック後の富の不公平な分配などにより、国内の不満は高まっていた。

1978年1月以降、反国王デモやテロ事件が続いて発生するようになる。国王は弾圧を試みるが、パリに亡命していたホメイニ師のもと、国王打倒を叫ぶ勢力が結集した。

1979年、国王は海外に脱出し、ホメイニ師が帰国してイスラム共和制が成立する。1980年の選挙でイスラム聖職者を中心とするイスラム共和党が勝利し、ホメイニ師に国家最高指導者の地位を認める憲法が採択された。

独裁に反対する者もあったが、次々と粛清、排除された。国家最高指導者は、司法・立法・行政の三権を超える指導者であり、大統領をもしのぐその地位は2代目のハメネイ師に受け継がれている。

●参考
山川 世界史小辞典(改訂新版)
http://www.historist.jp/word_w_i/entry/039513/
http://www.historist.jp/word_w_i/entry/039521/
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
https://is.gd/kCTmcZ


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