東京オリンピックをめぐる議論の中で


開幕が1カ月後に迫った東京オリンピック、そのまま開催か? 中止するべきか? 連日ニュースの話題になりますが、これを機会に歴史をたどり、オリンピックそのものについて考えてみませんか?

近代オリンピックは、19世紀末にフランスのクーベルタン男爵が世界に働きかけて実現しました。

クーベルタンはフランスの貴族の家にうまれ、軍人の教育を受けるもののなじめず、16歳のとき学校を中退してしまいます。20歳でイギリスにわたり、パブリックスクールで行われていたスポーツ教育に感銘を受け、その理念を自国の教育にも取り入れようと志しました。

やがて、紀元前9世紀ごろにギリシアではじまった古代オリンピックの復興を目指すようになります。1894年に国際オリンピック委員会 (IOC)を設立。1896年に近代オリンピック第1回アテネ大会を実現させました。

クーベルタンが提唱したオリンピックの理念は「スポーツの力を取り込んだ教育改革を地球上で展開し、これによって世界平和に貢献する(笹川スポーツ財団HP『2. クーベルタンとオリンピック復興』)」というものでした。

ここで抑えておきたいのは当時の時代背景です。19世紀後半、世界は帝国主義の時代で、ヨーロッパの列強は競って植民地支配を広げていました。自国の利益を求めた侵略と戦争が当たり前の時代に「スポーツで平和を」と言われても、ピンとこない気がしませんか? 裏を返せば、それだけ画期的なメッセージだったと考えられます。

その後、近代オリンピックは徐々に規模を拡大し、2つの世界大戦を越え、125年にわたり存続しています。IOC設立から25年後の1919年には、初めての国際平和機構である国際連盟が発足するなど、世界は平和に向かって歩んできました。

もちろん完全ではありませんが、帝国主義の時代と現代を比べれば、世界が平和に近づいている、とは言えそう。オリンピックのメッセージが、現実を理想に引き寄せています。

オリンピックも時代に応じて形を変えてきました。1984年のロサンゼルス大会は商業五輪の端緒と言われ、今やオリンピックはビッグビジネスになりました。クーベルタンには批判されそうですが、これだけ経済がグローバル化した時代、世界的ビッグイベントがお金と結びつくのは、無理からぬことなのかもしれません。

コロナ禍を克服しようとしている世界は今、大きく転換しています。オリンピックもこれまでと同じである必要はなく、事実、危機のなかで異例の東京大会が開催されようとしています。アフターコロナの時代、どんなオリンピックにしていくのか? 帝国主義のなかでスポーツによる平和を訴えた、クーベルタン男爵になったつもりで考える絶好の機会です。


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