東京などで、3度めの緊急事態宣言が再延長されることが決まりました。思えば、対象地域の方は2021年のほとんどの期間、緊急事態宣言下で生活していることになります。
感染状況が悪化し、締め付けが厳しくなる度に、「欧米並みのロックダウンを」「病床など医療リソースの確保を」など、政府の強制力と私権制限の問題がとりざたされます。
コロナ禍を乗り越えるにも、新たな危機に備えるためにも、「緊急事態と人権」を考える3つのヒントをお届けします。
1.自由を保証する「法の支配」
2.古代ローマの知恵「ディクタトル」
3.法によらない問題解決も「三方一両損」
1.自由を保証する「法の支配」
世界的なパンデミックのなかでも、日本の政府は他国と比べ、強力な対策をうていません。これは、憲法が権力の行使を制限しているから。言い換えれば、「法の支配」の原則が効いているからです。
法そのものは4000年以上前から存在しますが(世界最初の法典は、紀元前2100年ごろのウル=ナンム法典)、「法の支配」は近代的な概念。権力者が法によって人々を支配するだけでなく、権力自体が法に支配されるという考え方です。
「人類の歴史の大半にわたって、支配者と法律は同義語であった(アメリカン・センター・ジャパン)」
かつて、国王や皇帝は好き勝手に法律をつくることができました。権力者の意思で法律を変えられたら、圧政は終わらず、人の生命や財産とその自由が保証された社会はやってきません。
そこで、13世紀イギリスの法学者ブラクトンは「国王もまた神と法のもとにたつ」と主張しました。法が権力を優越し、制限する「法の支配」の思想が、イギリスの伝統となっていきました。
そのイギリスの圧政に対抗し、18世紀末に独立したアメリカでは、さらに権力を縛る憲法を定め、裁判所などが憲法違反を監視する仕組みが確立しました。選挙で選ばれた議会や大統領でも、憲法の範囲を越えて権力を行使することはできません。
現在では日本を含め、多くの国家が「法の支配」にもとづく立憲主義を採用しています。
ただし、憲法で対応できない事態を想定し、多くの国では憲法を一時停止し、政府が権力を行使できる国家緊急権が認められています。欧米の民主主義国家が、強力なロックダウンなどを行えるのはそのためです。
日本の憲法には国家緊急権に関する条項がなく、政府が極端に国民の人権を制限することができません。戦争や災害もみすえて、コロナ禍以前から議論がされてきました。
現代社会は、国王の支配が何世紀も続いたような時代とは状況が違うので、伝統的な原則のままでは問題があるでしょう。いっぽうで、強固な「法の支配」があってこそ、私たちの自由と権利が守られていることも確か。どちらもしっかり理解して、「緊急事態と人権」の問題を考えていきたいものです。
●参考
https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3086/
https://kotobank.jp/word/%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%94%AF%E9%85%8D-132389
2.古代ローマの知恵「ディクタトル」
緊急事態において、どうやって社会を守っていくか? 古代ローマで考え出された「ディクタトル」の仕組みをヒントに考えてみましょう。
ディクタトルは「独裁官」と訳されます。共和政ローマで、非常時にだけおかれた臨時の最高政務官です。
古代ローマははじめ王政でしたが、紀元前510年ごろ共和政に移行します。
平時は1年の任期で着任するコンスル(執政官)が、政治の最高官職でした。コンスルの定員は2名で、王政時代のような権力の集中が避けられる仕組みが採用されていました。
しかし、内乱や外敵の侵入、疫病の流行などの際は、権力が分散していると効率的な対策がうてません。そこで、非常時に限りコンスルが指名し、軍政の統一権力を与えられるディクタトルがうまれたのです。
ディクタトルの任期は6ヵ月に限られ、当面の職務が遂行されれば辞職しました。恒常的な独裁体制にならないようにする知恵です。
しかし、その共和政の伝統を、有名なカエサルが破ってしまいます。紀元前44年、「終身」のディクタトルに就任したのです。その後、ローマの共和政は崩壊し、帝政へと向かっていくことになります。
緊急時には、権力を強化して迅速に対応するのが、歴史の知恵といえそう。独裁や専制が恒常化しないよう、期間を限定するのも良い考えです。
いっぽうでルールを決めても、権力によってゆがめられてしまう可能性があります。権力への欲求は非常に強力であることを、古代ローマの先人が教えてくれます。
●参考
コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%88%E3%83%AB-99964
山川 世界史小辞典(改訂新版)
http://www.historist.jp/word_w_te/entry/042398/
http://www.historist.jp/word_w_ko/entry/040763/
3.法によらない問題解決も「三方一両損」
民主主義を守りながら、緊急事態に対応する法の整備は大事です。けれど、法で社会のすべてをカバーすることは、おそらくできません。法律では規定できない、”あそび”や”ゆとり”のようなものも大切。落語や講談の演目として愛される「三方一両損」のお噺を一席ーー。
ある日の江戸で、左官の金太郎が3両入った財布を拾いました。
落とし主は大工の吉五郎。金太郎が届けに行くと、「江戸っ子は一度落とした金は受け取らないものなので、金は持っていけ」と突き返されます。
金太郎も返すといって聞かいので、とうとうケンカになってしまいました。周囲の仲裁では解決せず、双方が町奉行の大岡越前守に訴え出ることに。
事情を聞いた越前守は、金太郎と吉五郎のさっぱりとした江戸っ子かたぎに感心します。自分の懐から1両を足して、3両を4両に増やし、2人にほうびとして2両ずつ渡しました。
そして、こんな言葉で締めるのです。
「ふたりとも3両手に入れることができるところを、2両になったのだから1両ずつの損、越前も1両出したから1両の損。これを三方一両損と申す」
機知に富んだ大岡越前守の裁きに、聴衆は拍手喝采です!
法政大学名誉教授で前総長の田中優子氏は次のように述べています。
ここで大事なのは、大岡越前が2人を論理的あるいは法的に説得しておさめたのではなく、自然に気持ちがおさまる方向に持って行ったことである。
現代なら間違いなくコンプライアンス違反ですが、こうした柔軟さや人徳への信頼は、日本人の好むところなのでしょう。「緊急事態と人権」のような難しい問題を解決するには、こうした法によらない知恵も貴重なヒントになります。
●参考
文化庁デジタルライブラリー
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/enmoku/s10.html
まとめ
コロナ禍で有事に対する国民の意識は高まりました。収束しても国家緊急権(緊急事態条項)にまつわる議論は進むはず。ソルバ! が提案する3つのポイントを、ぜひ考えてみてください。
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